創業前は料亭を営みながら花火製造を行っていました。明治後期に火薬取締法が公布され、明治39年(1906年)初代細谷喜一が警視総監より許可を受け細谷花火店(屋号は藤棚)として東京西多摩郡草花村(現あきる野市草花)にて創業致しました。
花火のかけ声としておなじみの「たまやー!かぎやー!」の鍵屋さんは万治2年(1659年)江戸にて玩具花火の製造を始め、その後13代も続く花火屋の老舗でしたが、その11代目の頃、大正時代には弊社から鍵屋さんへ打ち上げ花火を納品するようになりました。しかし鍵屋12代目は花火より踊りに夢中になったために、花火職人が大勢やめてしまい「鍵屋」の暖簾まで売ってしまいました。 その後から弊社が享保18年(1733年)から続く両国川開き花火(現在の隅田川花火大会)の打ち上げを引き継ぎ、また鍵屋さんの残された職人を引き受けました。 昭和3年まで隅田川花火大会は鍵屋の名前で打ち上げましたが、その後細谷花火店として打ち上げるようになりました。
戦後に細谷花火店から細谷火工に社名を変更し、新たに官公庁向加工品部門に進出し発展して参りました。その間において二代目細谷政夫(現弊社名誉会長)はクリスマスクラッカー、パラシュート花火、煙火ゴルフボールを考案し業界に新風を巻き起こしました。 <これら考案のエピソードは「花火雑記」に掲載しています>
近年に至って、創業以来の煙火部門、特に花火大会及び関連イベント等の受注に際し、花火の多種多様化に伴う新しいニーズに対応するため専門的に部門を展開する必要性が生じ、平成2年(1990年)細谷火工より分離独立し(株)ホソヤエンタープライズを設立致しました。 ホソヤエンタープライズ本社(東京都あきる野市)の敷地はおよそ4000坪。かつてはここで花火製造を行い、ピーク時には300人以上の職人達が働いていましたが、近隣に住宅が密集してきたことから??年に東京工場を南伊豆にある工場へと全面的に移転しました。